ふなむしのページ

ふなむしのひとりごと(2021)


■船舶燃料の硫黄分(SOx)濃度規制強化(2/5)

2020年に燃料油の硫黄分濃度規制強化という、クルーズ船やフェリーに留まらず船舶全般にわたる大きな規制変更がありました。今回、この規制強化について調べてみました。

規制強化の目的

船舶の排気ガスによる環境への悪影響を低減するため

規制内容

船舶燃料の硫黄分について従来から規制がありましたが、2020年から規制が大幅に強化されました。その結果、より硫黄分の低い燃料を使用することを強いられました。
スクラバー(排気ガスの洗浄装置)を搭載すれば従来の燃料の継続使用が可能です。しかし特定の海域・港湾では、スクラバー(オープン方式)の使用が認められなかったり、事前承認が必要だったりします。

燃料中の硫黄分の割合 ~2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017 2018 2019 2020~
一般海域 4.5%以下 3.5%以下 0.5%以下
指定海域(ECA) 1.5%以下 1.0%以下 0.1%以下

2020年施行の規制強化は一般海域(指定海域以外の全世界)が対象です。指定海域(ECA)は既に2015年から、もっと厳しい規制になっています。
指定海域とは、ヨーロッパの北海、バルト海と、北米のアメリカ、カナダ沿岸、カリブ海のプエルトリコ沿岸です。

船舶の燃料

船舶の燃料として、軽油、A重油、C重油が使われてますが、それぞれ粘度や成分でさらに幾つかに細分化されています。
■軽油:主に小型船(~200トン)やジェットフォイル等の高速船が使用
■A重油:中小型船から比較的短距離を運航する大型船まで幅広く使用
■C重油:大型船が使用。比較的長距離を運航する中型船の一部も使用

重油は、原油を蒸留してガソリン、灯油、軽油などを抽出した後の残渣油が主な成分で、生成技術の進歩によりトコトン吸い取られた後に残る残渣油の質は以前に比べて悪くなっているとのこと。

燃料の違いによる硫黄分と価格

軽油 A重油 C重油
ECA燃料 1号
(LSA重油)
2号
(HSA重油)
LSC重油 1号
(HSC重油)
 硫黄分
(質量%)
0.0010%以下 0.1%以下 0.5%以下 2.0%以下 0.5%以下 3.5%以下
価格 (kL)
2007~2016平均
6.3万円 6.0万円 5.4万円 4.8万円

※黄色:2020年一般海域の規制をクリア、青色:2020年指定海域の規制をクリア

2020年施行の規制強化では、一般海域ではLSA重油またはLSC重油の使用が必要で、指定海域(ECA)では軽油またはA重油の中でも硫黄分が低いECA燃料の使用が必要です。

燃料の変更によるコストアップ

2018年の飛鳥Ⅱ世界一周を例にコストアップを計算してみました。

①2018年 単価 使用量 コスト①
Diesel Oil  6.2万円 1,300kL 8,060万円
 C重油(HSC) 4.8万円 6,100kL 29,280万円
合計  7,400kL 37,340万円

2018年時点で指定海域(ECA)では0.1%以下の規制があるので、飛鳥ⅡのDiesel OilはECA燃料相当と判断できます。ECA燃料の単価はLSA重油と軽油の単価からその中間の6.2万円と想定しました。C重油はHSC重油で単価4.8万円としました。

飛鳥Ⅱの世界一周の燃料コストはおよそ37,340万円です。乗船客数は699人なので、乗船客一人当たり53.4万円になります。世界一周の最安の料金が330万円だったので、その場合は料金の1/6が燃料費だったことになります。

規制強化後の場合を想定してコストの変動を計算しました。C重油は硫黄分が少ないLSC重油に変更し単価5.4万円としました。

②規制強化後 単価 使用量 コスト②
Diesel Oil  6.2万円 1,300kL 8,060万円
 C重油(LSC) 5.4万円 6,100kL 32,940万円
合計  7,400kL 41,000万円

規制強化により3,660万円のコストアップです。乗船客一人当たりでは5.24万円のUPです。

スクラバーとは

船舶用スクラバーは、硫黄分が含まれる排気ガスに海水を噴霧し、排気ガスから硫黄分を取り除く装置です。取り除いた硫黄分は、分離してタンクに貯蔵し陸揚げするクローズド方式と、中和剤で中和後に海中に排水するオープン方式があります。オープン方式の排水については基準があり、それを遵守しておれば海生生物や水質へ影響する可能性は著しく低いとされています。

スクラバーの性能は硫黄分98%以上の除去効率が期待でき、97.1%以上になれば指定海域(ECA)の規制値もクリアできます。

スクラバーのコスト的メリット

スカラバーの性能が十分発揮できて、飛鳥Ⅱの世界一周の燃料をすべてC重油に替えられた場合の燃料コストは以下の通りです。

③スクラバー搭載 単価 使用量 コスト③
Diesel Oil  6.2万円 0kL 0万円
 C重油(HSC) 4.8万円 7,400kL 35,520万円
合計  7,400kL 35,520万円

燃料コスト③は35,520万円となり、規制強化後のコスト②より5,480万円コストダウンできます。

スクラバーの導入コストおよび運用のためのコストと、燃料費低減とを秤にかけて判断した結果、飛鳥Ⅱはスクラバー導入に決定したものと思います。飛鳥Ⅱは世界一周クルーズで規制が厳しい指定海域(ECA)を航行する機会が多いのも、スクラバー選択に繋がったかもしれません。 

※C重油を使っている大型船でも、機関の負荷変動が大きい出入港時にはA重油を使うと聞いたことがあります。そうなると、すべてをC重油(HSC)にするということはできないのかもしれません。

低硫黄燃料orスクラバー搭載

飛鳥Ⅱは2020年1月~3月の改装でスクラバーを搭載しました。しかし同じ時期に改装工事を行ったにっぽん丸はスクラバーを搭載せず、低硫黄燃料へ切り替えました。にっぽん丸の世界一周は2011年が最後なので、指定海域(ECA)の航行を意識する必要はないのでしょう。

新造フェリーでは、阪九フェリーが神戸航路の新造船にスクラバーを搭載して就航しました。現在建造中の新日本海フェリーの横須賀~新門司航路船や、宮崎カーフェリー、名門大洋フェリーの新造船がスクラバーを搭載することが発表されています。しかし、シルバーフェリーの新造船(2021/6就航予定)はスクラバーを搭載していない様です。
フェリーさんふらわあの大阪~別府航路の新造船は、さらに一歩進んでLNG燃料船です。LNG燃料船は硫黄酸化物をほぼ排出しません。

既存フェリーでは、新日本海フェリーや阪九フェリーは既存船についてもスクラバーを順次追加搭載しています。中距離フェリーでもジャンボフェリーの既存船1隻がスクラバーを追加搭載しました。しかし他社からは既存船へのスクラバー追加搭載のニュースはありません。

日本最高速のフェリーである新日本海フェリーの「はまなす/あかしあ」(最高速力32.04ノット)は1日当たり193トン(206.4Kl)の燃料を消費します。全てがC重油(HSC)でも燃料費は1日991万円です。これをC重油(LSC)に変更すると1日124万円UPになります。「はまなす/あかしあ」にはスクラバーのメリットが大きいです。

国土交通省の資料によると国内旅客船では全コストの3割が燃料費です。投資をしてスクラバーを搭載すべきなのか、低硫黄燃料に切り替えるべきかは、船の構造(スクラバーを設置するスペース)、既存船の船齢(投資を回収できるか)、航路事情(航海距離、燃料消費量)等を考慮しての決定になったことでしょう。

低硫黄燃料に切り替えたことによるコストアップについては、燃油価格変動調整金を通常の運賃に加算して利用客に請求することが認められています。利用客にとっては実質運賃値上げですが、地球環境保全のために協力する必要があります。


ふなむしのひとりごとへのリンク

トップページへのリンク