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ふなむしのひとりごと(2022)


■旅客船の救命設備(5/5)

2022/4/23に北海道で知床半島を巡る観光船(以下 知床の事故船)が沈没する事故が発生しました。観光船には法令で定められた救命設備が搭載されていたものと思われますが、果たして低温の知床の海で救命設備が有効であったのかの疑問の声が起こっています。そこで現状の法規で必要となる救命設備を纏めてみました。

救命設備に関する法律

船舶の救命設備は船舶安全法に則って搭載する必要がありますが、詳細は総トン数20トン未満の小型船は「小型船舶安全規則」、総トン数20トン以上の大型船は「船舶救命設備規則」に記されています。
各々の規則の中では、更に船の大きさ(総トン数)、航行区域、旅客船か否かにより区分されて、必要な救命設備が定義されています。

航行区域

各々の船舶はどの区域を航行可能かが船舶検査証書などに記載されています。遠くまで航行できる船舶は、備えるべき設備が増えて高機能になり、強い船体構造が要求され、復原性に関する要求が強くなったりします(この部分については知識が乏しいので正確でないかもしれません)。さらに船長、航海士、機関士の資格、人数も航行区域により異なります。

航行区域は、平水区域、沿岸区域、限定沿海区域、沿海区域、限定近海区域、近海区域、遠洋区域に分けられます。
(詳細 https://ja.wikipedia.org/wiki/航行区域 )
【平水区域】東京湾、伊勢湾、瀬戸内海の大部分や、湖、川、港内等の水域
【沿岸区域】平水区域と海岸から5海里以内の水域
【限定沿海区域】平水海又は母港から最強速力で2時間以内に往復できる水域
【沿海区域】海岸から20海里以内の水域
【限定近海区域】近海区域のうち日本周辺の水域
【近海区域】東は東経175度、南は南緯11度、西は東経94度、北は北緯63度の線により囲まれた水域
【遠洋区域】すべての海域

知床の事故船は限定沿海区域の航行資格を持った船だと思われます。

小型船舶(旅客船)の救命設備

知床の事故船は総トン数19トンなので、備え付けるべき救命設備は小型船舶安全規則に記されています。
「旅客船」とは旅客定員が13名以上の船を指します。知床の事故船は旅客定員65名なので旅客船です。
知床の事故船は、総トン数19トン、旅客船、限定沿海区域なので、以下の表中のピンク色で示した救命設備を備え付ける必要があります。

小型船舶(旅客船)の救命設備 平水区域 限定沿海区域
及び沿岸区域
沿海区域
5トン未満 5トン以上 5トン未満 5トン以上
小型船舶用膨脹式救命いかだ
又は小型船舶用救命浮器
備付数
(最大搭載人員に対する割合)
--- 50%
(a)
--- 100% 100%
小型船舶用救命胴衣 備付数
(最大搭載人員に対する割合)
100%
(b)(c)
100%
(b)(d)
100% 100% 100%
小型船舶用救命浮環
又は小型船舶用救命浮輪
1個 1個 1個 2個 2個
イマーション・スーツ --- --- --- --- ---
小型船舶用 EPIRB --- --- --- --- 1個
小型船舶用レーダー・トランスポンダ(SART)
又は小型船舶用捜索救助用位置指示送信装置(AIS-SART)
--- --- --- --- 1個
持運び式双方向無線電話装置 --- --- --- --- 1個

(a)航行区域が湖川港内のみに限定されているものは最大搭載人員の25%
(b)小型船舶用救命クッションでもよい
(c)最大搭載人員を収容しうる小型船舶用救命いかだ又は小型船舶用救命浮器がある場合は救命胴衣は不要
(d)最大搭載人員を収容しうる小型船舶用救命いかだ又は小型船舶用救命浮器がある場合は最大搭載人員の10%の救命胴衣

小型船舶の救命設備とはどんな物?

◆救命浮器

知床の事故で「知床の海であの救命設備は役に立つのか?」と疑問視されているのが救命浮器です。小型船舶では救命いかだ又は救命浮器のどちらかを備え付ければ良いことになっています。
救命浮器は人が海(湖)に浮かんだ状態で、水面に浮かぶ浮器の周囲に張られたロープを持って救助を待つ救命具です。定員は救命浮器の浮力から算出されていますが、定員1人当たり7.5Kgの浮力しかないので、遭難者が水に浮いていて身体に浮力が掛かっているのが前提です。救命浮器の上に登る想定にはなっていません。
低温の海に入ると短時間で意識を失い、時間が経つとやがて死に至ると言われているので、冷えた知床の海では役に立たないかもしれません。北海道でなくても冬の海なら、短時間に救助されないと命に関わるかもしれません。そう考えると旅客船には救命浮器ではなく救命いかだを備え付けてほしいです。

◆膨張式救命いかだ

膨張式救命いかだと言えば大型フェリーのデッキに並んだ白い繭型の容器が目に浮かびます。大型フェリー用の救命いかだは定員25名位の大型です。小型船舶用の救命いかだは4名用~10名用等がありコンパクトです。収納容器は繭型や箱型もあり、箱型の収納容器の大きさは800mmx500mmx350mm程度でこちらもコンパクトです。
ネット販売の価格を調べてみると30万円~50万円くらいで思ったより安価です。救命浮器は5万円~10万円程度です。
但し、膨張式救命いかだは製造後8年程度で急激に劣化が進むとの注意書きがあり、8年位で交換が必要です。



◆救命胴衣

救命胴衣には幾つかのタイプがありますが、小型船舶用は浮力が小さいコンパクトなタイプです。

◆救命浮環

救命浮環は船から転落した人に投げてつかまらせ、救助するための救命具です。

◆イマーション・スーツ

0℃の水中でも6時間程度の保温能力を持ったスーツです。浮力があるので救命胴衣の着用は不要です。ネット販売だと10万円位で販売しています。
小型船舶には搭載義務はありません。

◆EPIRB

EPIRB(Emergency Position Indicate Radio Beacon)は、人工衛星を介して遭難位置を知らせる装置です。手動でスイッチを操作して電波を発信する方法と、沈没時に水圧を感知して架台から自動離脱して浮上し、電波を発信する方法があります。
知床の事故船はこの装置を搭載していなかったため(限定沿海資格の船は搭載義務がない)、遭難位置を知らせることができませんでした。

◆SART、AISーSART

SART(Search and rescue transponder)やAIS-SARTは遭難位置を知らせるための装置です。SARTは救助船が発したレーダーを受信すると応答波を送信して、救助船のレーダー画面に遭難位置を表示させる装置です。AIS(Automatic Identification System)-SARTは衝突防止用に各船舶が発信している電波と同じ電波を発信して遭難位置を知らせる装置です。
知床の事故船はこの装置を搭載していなかったため(限定沿海資格の船は搭載義務がない)、遭難位置を知らせることができませんでした。

◆持運び式双方向無線電話装置

救命いかだ等で救助を待っている際に、救助船と通信連絡するための短距離の通信装置です。

救命胴衣は全員分積んでいるの?

知床の事故船(限定沿海資格の旅客船)には乗客・乗員全員分の救命胴衣は備え付けられていたようですが、全ての旅客船がそうなのでしょうか?

伊勢湾(平水区域)で旅客船を運航している船会社のWEBサイトには、「◆法令の定めにより、弊社の船舶には定員の10%相当分の救命胴衣と定員分の救命浮器を装備しております」と書かれています。この説明を最初に見たとき私は誤記だと思ってしまいました。しかし小型船舶(旅客船)の救命設備(上記の表)をよく読むと誤記ではないことが分かります。但し書き(d)に記載の通り、最大搭載人員を収容しうる小型船舶用救命いかだ又は小型船舶用救命浮器がある場合は最大搭載人員の10%の救命胴衣を装備すれば良いことになっています。

多くの乗船客にとって救命設備として真っ先に思い浮かべるのが救命胴衣ではないでしょうか。それが最大搭載人員の10%しかないと知ったら、船に乗るのが怖くなるかもしれません。万一の事が起こったら10%分の救命胴衣をどのような基準で乗船客に配布するのでしょうか? 船長が決める? 高齢女性だけどオリンピック水泳競技のメダリストと、筋骨隆々だけどカナヅチの若い男性が居た場合に、どちらに救命胴衣を渡すべきなのだろうか? 既に誰かが着用している救命胴衣を奪い取っても緊急避難だから責任を負わなくても良い?

100%分の救命浮器と100%分の救命胴衣を比較したら100%分の救命胴衣の方が有効な様な気がします。しかし、旅客船ならば他の装備の状況に関係なく全員分の救命胴衣を備え付けるよう改善してほしい。

国内航路の大型船(旅客船)の救命設備

長距離フェリー等の総トン数20トン以上の大型船(国内航路の旅客船)の救命設備も調べてみました。

大型船舶(国内航路の旅客船)
の救命設備
平水区域 限定沿海区域 沿海区域 近海区域・遠洋区域
RORO船 その他 1000トン以上
のRORO船
その他 1000トン以上
のRORO船
その他 1000トン以上
のRORO船
その他
救命艇、救命いかだ、
救命浮器、救命浮環
備付数
(最大搭載人員に対する割合)
50%(g) 50%(g) 105% 100% 105% 100% 105% 100%
救命艇、救命いかだ OK OK OK OK OK OK OK OK
救命浮器、救命浮環 OK OK NG(e) NG(e) NG NG NG NG
救命胴衣 備付数
(最大搭載人員に対する割合)
100% 100(f) 100% 100% 100% 100% 100% 100%
イマーション・スーツ 備付数
(最大搭載人員に対する割合)
--- --- --- --- --- --- (h)

(e)管海官庁が差し支えないと認める場合に限り、救命艇又は救命いかだに代えて救命浮器又は救命浮環を備え付けることができる
(f)最大搭載人員を収容するため十分な救命艇、救命いかだ、救命浮器又は救命浮環を備え付けているものには、最大搭載人員の10%に対する救命胴衣を備え付ければよい
(g)航行区域が湖川港内のみに限定されているものは最大搭載人員の25%
(h)極海域を航行する船舶は最大搭載人員と同数のイマーション・スーツ又は保温具を備え付けなければならない

上記表で旅客船のRORO船とはカーフェリーの事です。

救命いかだ or 救命浮器 については、限定沿海区域以上の船は、救命いかだ(又は救命艇)を搭載しなければなりません。
但し、限定沿海区域の船は「管海官庁が差し支えないと認める場合に限り、救命艇又は救命いかだに代えて救命浮器又は救命浮環を備え付けることができる」とあります。管海官庁が判断する基準は明確なのでしょうか? それとも気分次第? 明確なら法令に織り込むべきです。
平水区域の船は但し書きもなく、救命浮器が認められています。

平水区域や限定沿海区域の船と聞けば、瀬戸内海の島々を結ぶ生活航路の船や、港巡りの遊覧船などそれ程大きくはない船を想像しますが、定員500人を超える東京湾や大阪湾のレストラン船のほとんどが平水区域資格です。また、瀬戸内海を縦断する阪神~九州航路の大型フェリー(全長200m、総トン数15,000トン)の多くも知床の事故船と同じ限定沿海資格です。
但し、大型のレストラン船や大型カーフェリーのデッキには白い繭型の容器の中に膨張式救命いかだが備え付けられているので、全ての船の救命設備が法令に定められた最低限という訳ではなさそうです。しかし、どの船が救命いかだを搭載していて、どの船が救命浮器を搭載しているのか、の個々の情報はインターネットで調べてもほとんど分かりません。

さらに怖いのが、平水区域の船は条件(f)に合致していれば全員分の救命胴衣が備え付けていなくても良い規定です。これは平水区域の小型船舶と同様の規定です。

極海域を航行する旅客船には乗客・乗員分のイマーション・スーツ(又は保温具)が備え付けられています。但し極海域とは南極海域と北極海域の事なので、国内航路には該当する航路がありません。極海域以外の遠洋区域・近海区域を航行する船舶には、落水者等を救助する救助要員(乗組員)のためのイマーション・スーツが搭載されています。

★★★
小型船舶でも大型船でも最低限の備えとして、乗船客全員分の救命胴衣を備え付けるように法律を改善してほしい。
そして寒冷地区では、救命浮器ではなく救命いかだを搭載するよう法律を改善してほしい。
TVの報道番組ではイマーション・スーツの設置義務化を要求する声がありますが、そこまで至ると小型船舶だけではなく大型船のフェリーや旅客船への影響が大きいものと思います。どうなるでしょうか

今後船に乗船したら、救命いかだor救命浮器のどちらを搭載しているのか? 救命胴衣は乗船客全員分を備えているのか? を調べることになりそうです。

私は小型船舶2級+特定免許を所持しているので小型船舶の客船の船長を担当できます。船長としての経験が無くても、その海域に関する知識が無くても客船の船長になれてしまいます。客船については免許制度の見直しが必要かもしれません。


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